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なぜ手のしびれで整形外科を受診するのか
「手のしびれ」という症状を聞いて、多くの人が真っ先に思い浮かべるのは、脳や神経の病気かもしれません。そのため、神経内科や脳神経外科を受診すべきだと考える方も少なくないでしょう。もちろん、それらが適切な場合もありますが、手根管症候群に関しては、多くの場合「整形外科」が診断と治療の中心的な役割を担います。なぜ、神経の症状である手のしびれを、骨や関節の専門家である整形外科医が診るのでしょうか。その理由は、手根管症候群が、手首の「構造的・解剖学的な問題」によって引き起こされる病気であるという点にあります。整形外科は、骨、軟骨、筋肉、靭帯、そして神経といった、体を構成し動かすための器官、いわゆる「運動器」の専門家です。手根管症候群は、手首にある手根管というトンネルが、何らかの原因で狭くなり、その中を通る正中神経が圧迫されることで発症します。この「トンネルが狭くなる」という物理的な問題は、まさに整形外科が扱うべき運動器のトラブルなのです。整形外科では、問診や身体診察に加え、レントゲンで骨の変形や骨折の有無を確認したり、超音波検査で神経の腫れや圧迫の様子をリアルタイムで観察したりすることができます。これにより、しびれの原因が、本当に手首にあるのか、あるいは首(頸椎)の問題から来ていないかなどを鑑別していきます。そして、整形外科の最大の強みは、診断から治療までを一貫して行える点にあります。治療法には、安静指導や装具療法、ビタミン剤の内服、ステロイド注射といった「保存療法」から、症状が改善しない場合に行う「手術療法(手根管開放術)」まで、幅広い選択肢があります。この手術も、整形外科医(特に手の外科専門医)の得意分野です。このように、手根管症候群は、神経そのものの病気というよりは、神経が通る「器」の問題であるため、その器の専門家である整形外科が、診断と治療の主役となるのです。
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痛くないものもらいを繰り返さないための予防策
霰粒腫は、一度治っても、体質や生活習慣によっては何度も再発を繰り返すことがある、非常に厄介な病気です。まぶたのしこりに悩まされないためには、日頃からその原因となるマイボーム腺の詰まりを防ぐための予防策を意識することが何よりも重要になります。その基本となるのが、「まぶたを清潔に保つ」ことです。特に女性の場合、アイメイクがマイボーム腺の出口を塞いでしまう大きな原因となります。アイライナーやマスカラ、アイシャドウなどが、まぶたの縁に残ったままになっていると、油分のスムーズな排出が妨げられてしまいます。一日の終わりには、必ずアイメイク専用のリムーバーを使って、まつ毛の生え際まで丁寧に、そして優しくメイクを落とし切ることを習慣にしましょう。洗顔の際に、まぶたの縁を意識して洗うことも大切です。この、まぶたの縁を清潔にするケアを「リッドハイジーン(Lid Hygiene)」と呼び、霰粒腫やドライアイの予防・改善に非常に効果的とされています。次に、血行を促進し、油分の詰まりを予防する「温罨法(おんあんぽう)」を日常的に取り入れるのも良い方法です。毎日数分、蒸しタオルや温熱アイマスクで目元を温めることで、マイボーム腺に固まった油分が溶け出し、スムーズに排出されるのを助けます。リラックス効果も高いため、一日の疲れを癒す習慣としても最適です。また、「食生活の見直し」も間接的に影響します。脂っこい食事や、動物性脂肪の多い食事に偏ると、マイボーム腺から分泌される油分の質が変化し、粘り気が増して詰まりやすくなるとも言われています。魚に含まれるオメガ3脂肪酸などは、油の質をサラサラにする効果が期待できるため、青魚などを積極的に食事に取り入れると良いでしょう。さらに、ストレスや睡眠不足、疲労は、ホルモンバランスや免疫機能の乱れを介して、体全体のコンディションに影響を与えます。規則正しい生活を送り、心身の健康を保つことも、まぶたの健康を維持するためには欠かせない要素です。これらの地道な予防策を日々の生活の中に組み込むことで、厄介な「痛くないものもらい」の再発リスクを大きく減らすことができるのです。
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突発性発疹の感染力はいつまで続くのか
子どもが突発性発疹にかかった時、保護者が直面する現実的な問題の一つが、「いつまで他の子にうつす可能性があるのか」「いつから保育園や児童館に行っても良いのか」という、感染力に関する疑問です。特に、下に赤ちゃんがいたり、近所に年の近い子どもがいたりする場合、感染を広げてしまわないかという心配は尽きません。突発性発疹の感染力と、その後の集団生活への復帰の目安について、正しく理解しておきましょう。突発性発疹の原因となるウイルス(主にヒトヘルペスウイルス6型)は、感染者の唾液などに含まれており、飛沫感染や接触感染によって、人から人へと感染します。感染力が最も強いのは、高熱が出ている「発熱期」です。この時期は、体内でウイルスが活発に増殖しているため、周囲への感染リスクが最も高いと考えられます。しかし、突発性発疹の厄介な点は、症状が治まった後も、ウイルスが体から完全にいなくなるわけではない、という点にあります。熱が下がり、発疹が消えた後も、唾液の中からは10日から数週間、長い場合は数ヶ月にわたって、ウイルスが断続的に排出され続けることが分かっています。この事実だけを聞くと、「そんなに長い間、他の子にうつす可能性があるのか」と不安になるかもしれません。しかし、ここで重要なのは、学校保健安全法における突発性発疹の扱いです。突発性発疹は、インフルエンザやおたふくかぜのように、「出席停止期間」が明確に定められている感染症ではありません。ほとんどの人が乳幼児期に感染して免疫を獲得するありふれた病気であること、そして、熱が下がった後のウイルスの排出量が比較的少なく、感染力も弱いと考えられているためです。したがって、保育園などへの「登園の目安」は、「解熱し、機嫌が良く、全身状態が良好であること」が一般的な基準となります。熱が下がり、発疹が出ていても、子ども自身が元気で、食欲も戻っていれば、登園を許可する園がほとんどです。ただし、解熱後の不機嫌が非常に強く、集団生活を送るのが困難な状態であれば、本人のためにも、もう少しお休みさせるのが賢明でしょう。最終的な判断は、かかりつけ医の診断と、各保育園の規定に従うことになります。登園許可証(治癒証明書)が必要な場合もあるため、事前に園に確認しておくとスムーズです。
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私が経験した大人のアールエス闘病記
あれは忘れもしない、2月の寒い日のことでした。最初は、喉のイガイガと軽い鼻水から始まりました。いつもの風邪のひき始めだなと軽く考え、市販の風邪薬を飲んで仕事に向かいました。しかし、翌日になると体中の関節が痛みだし、熱も38度を超えました。インフルエンザを疑いましたが、検査の結果は陰性。医師からは「風邪でしょう」と告げられ、解熱剤と咳止めを処方されて帰宅しました。本当の地獄が始まったのは、その2日後の夜からです。それまでの乾いた咳が、突然、肺の奥からこみ上げてくるような、湿った重い咳に変わったのです。一度咳き込むと、まるで溺れるかのように息が苦しくなり、顔が真っ赤になるまで止まりません。粘り気の強い、緑がかった痰が絶え間なく絡みつき、それを排出しようと、さらに激しい咳が誘発されるという悪循環。夜は、咳の発作で何度も目を覚まし、ほとんど眠ることができませんでした。横になると咳がひどくなるため、壁に寄りかかって座ったまま、浅い眠りを繰り返すしかありませんでした。あまりの咳の激しさに、胸の筋肉は張り裂けそうに痛み、しまいには腹筋までつる始末。食事の味も分からず、ただ体力を消耗していく日々に、精神的にも追い詰められていきました。最初の発症から一週間後、あまりの症状のひどさに、呼吸器内科を専門とする別のクリニックを受診しました。これまでの経緯と、特徴的な咳の症状を話すと、医師はすぐにアールエスウイルスを疑い、迅速検査を行いました。結果は、陽性。「大人がかかると、こうやってひどい咳が長引くんですよ」という医師の言葉に、ようやく自分の苦しみの原因が分かり、少しだけ安堵したのを覚えています。しかし、特効薬はありません。処方されたのは、気管支を広げる吸入薬と、痰を出しやすくする薬だけ。あとは、ひたすら自分の免疫力がウイルスに打ち勝つのを待つしかありませんでした。結局、激しい咳が少し落ち着くまで2週間、そして完全に咳が気にならなくなるまでには、一ヶ月以上の時間を要しました。たかが風邪、と侮っていた自分を心から悔やみました。大人のアールエスウイルスが、これほどまでに長く、そして深く、心と体を蝕むものであることを、私はこの身をもって知ったのです。