交通事故に遭った直後は、興奮状態にあったり、パニックになったりしているため、痛みや体の異常に気づきにくいことがあります。「大したことはない」「どこも痛くないから大丈夫」と、その場で警察への届け出や、病院での診察を怠ってしまうケースは少なくありません。しかし、これが後々、深刻な問題を引き起こす原因となります。むちうちの症状は、事故の直後ではなく、数時間後、あるいは翌日や数日経ってから、じわじわと現れてくることが非常に多いのです。なぜ、症状は後から現れるのでしょうか。むちうちは、追突などの衝撃で、重い頭が鞭のようにしなり、首の骨(頸椎)の周りにある筋肉や靭帯、神経などが、過度に引き伸ばされたり、損傷したりすることで起こります。事故直後は、脳内でアドレナリンなどの興奮物質が分泌されているため、痛みを感じにくくなっています(闘争・逃走反応)。しかし、時間が経ち、興奮が冷めてくると、損傷した部分の炎症が本格化し始め、腫れや痛みといった症状が、はっきりと自覚されるようになるのです。初めは、首の痛みや肩こり程度の軽い症状でも、放置しているうちに、頭痛、めまい、吐き気、耳鳴り、手のしびれ、さらには、だるさや不眠、集中力の低下といった、多彩な自律神経症状(バレ・リュー症候群)にまで発展していく可能性があります。事故直後に病院へ行くべき最大の理由は、まず「重篤な損傷の見逃しを防ぐ」ためです。首の痛みだと思っていたら、実は頸椎の骨折や、脊髄の損傷といった、緊急の処置が必要な怪我が隠れている可能性もゼロではありません。レントゲンなどの画像検査で、そうした危険な状態がないことを確認しておくことは、何よりも重要です。そして、もう一つの重要な理由が、「事故と症状の因果関係を証明する」ためです。事故から時間が経ってから初めて受診すると、その症状が本当にその事故によるものなのか、証明することが難しくなります。これは、後の治療費や、後遺障害に関する、自賠責保険などの補償を受ける上で、非常に不利な状況を招きかねません。たとえ、事故直後に全く症状がなくても、必ずその日のうちに、あるいは遅くとも翌日には、整形外科を受診し、医師の診察を受けておくこと。それが、あなたの体と、将来の権利を守るための、最も重要な鉄則なのです。