発達障害を抱える高校生にとって、医療機関での診断はゴールではなく、学校生活という実社会における「適応」のスタートです。ここで極めて重要になるのが、医療と学校が連携して実施する「合理的配慮」という仕組みです。合理的配慮とは、障害のある生徒が他の生徒と平等に教育を受けられるように、学校側が提供すべき必要かつ適正な変更や調整のことを指します。高校生の場合、具体的にはテスト時間の延長、タブレット端末などのICT機器の使用、提出物の個別対応、静かな環境での別室受験などが挙げられますが、これらを実現するためには病院側の協力が不可欠です。学校現場では、たとえ本人が困っていても、医学的な根拠なしに特定の生徒だけを優遇することは公平性の観点から難しいとされることが多いため、主治医が発行する「診断書」や「意見書」が、配慮を実行するための法的・論理的な盾となります。病院の医師は、単に診断名を書くだけでなく、その生徒の特性がどのような学習の妨げになっているのか、どのような配慮があればその障壁を取り除けるのかを、専門的な見地から詳細に記載します。また、定期的に行われる三者面談やケース会議に、医療スタッフが助言を行ったり、相談支援専門員が橋渡しをしたりすることもあります。高校生にとって、こうした配慮を受けることは「自分の弱さを認めること」であり、当初はプライドが傷つくこともあるでしょう。しかし、これは特権ではなく、視力の低い人が眼鏡をかけるのと同じ、学びのアクセシビリティを確保するための当然の権利です。近年では、大学入学共通テストにおける配慮申請の要件も明確化されており、高校時代からの医療と学校の連携実績が、高等教育へのスムーズな接続に直結します。また、この連携プロセスそのものが、本人にとっては「自分の特性を社会に説明し、合意を形成する」という、大人になってから最も必要とされる社会スキルを学ぶ機会にもなります。医療機関は、本人の心身の健康を守る拠点でありながら、同時に学校という環境をより本人の色に合わせて染め直すための、頼もしいアドバイザーでもあるのです。高校卒業という大きな節目に向けて、病院、学校、そして家庭が三位一体となって本人の発達を支え抜くことが、未来の社会を豊かにする多様性を育む第一歩となります。診断書に記された文字の一つひとつが、一人の若者が閉ざしかけた扉を再び開くための、魔法の鍵になることを願ってやみません。