医療の現場において、成人の手足口病患者を診察する際に最も神経を研ぎ澄ませるのが、稀に起こる重篤な合併症の兆候です。多くの患者さんは「子供の病気だから寝ていれば治る」と過信しがちですが、大人の免疫システムが未知の型のエンテロウイルスに過剰反応した場合、思わぬ方向に病態が進行することがあります。特に警戒すべきは「無菌性髄膜炎」です。手足口病の発熱と同時に、あるいは熱が下がった直後に、経験したことのないような激しい後頭部の痛み、繰り返す噴水状の嘔吐、光を眩しく感じる、首が硬直して前屈ができないといった症状が現れた場合、ウイルスが脳脊髄液に侵入している可能性があります。髄膜炎は早期に適切な入院管理を行わないと、意識障害や痙攣を招く恐れがあります。また、さらに深刻なのは「急性脳炎」です。これはエンテロウイルス71型という特定の型で起こりやすく、異常な言動や意識混濁、幻覚などが現れるのが特徴です。一見すると高熱によるせん妄と区別がつきにくいことがありますが、呼びかけに対する反応が鈍い場合は直ちに専門医の診断が必要です。また、循環器系の合併症として「心筋炎」も挙げられます。ウイルスが心臓の筋肉に感染し、心機能を急激に低下させるこの疾患は、突然の胸の痛み、息切れ、不整脈、極度の倦怠感として現れます。風邪の症状だと思っていたものが、数時間で心不全状態に陥ることもあるため、大人の患者には「少しでも動悸がしたり息苦しかったりしたらすぐに連絡を」と念を押すようにしています。さらに、回復期に多くの大人を驚かせるのが「爪甲脱落症」です。発症から一ヶ月ほど経ってから、手足の爪が根元から浮き上がり、剥がれ落ちていく現象です。これはウイルスの増殖によって爪を作る細胞が一時的にダメージを受けた結果であり、医学的には生命に関わるものではありませんが、患者にとっては非常にショッキングな出来事です。爪が剥がれた後の皮膚はデリケートなため、感染を防ぐための保護が必要になります。専門医の立場からアドバイスしたいのは、手足口病と診断された大人は、自分の体温や皮膚の状態だけでなく、神経症状や循環器のサインにも敏感であってほしいということです。たかが手足口病、されど手足口病。大人の体にとってこのウイルスは、時に牙を剥く凶悪な敵に変わり得るのです。もし、単なる「痛い発疹」以外の異常、特に意識や呼吸に関する違和感を覚えたならば、それは体が発している最終警告かもしれません。迷わず医療機関を頼り、高度な医学的サポートを受けることが、最悪の事態を回避するための唯一の道であることを忘れないでください。
内科医が警告する大人の手足口病に伴う合併症の恐怖