私が自分の「正体」を知ったのは、高校三年生の春のことでした。それまでの私は、なぜか他の人が当たり前にできていることが、どんなに努力してもできないという呪縛の中にいました。友達との何気ない会話で、いつの間にか空気を冷やしてしまったり、自分の興味があることばかりを喋りすぎて後で激しい自己嫌悪に陥ったり。部屋は常に足の踏み場がなく、朝はどれだけ目覚ましを鳴らしても身体が砂袋のように重くて動けませんでした。先生からは「やる気の問題だ」と言われ、親からは「将来が心配だ」と溜息をつかれる毎日。私は、自分のことを「何かが根本的に壊れた人間」だと思い込み、いつかこの世界から消えてしまいたいと願っていました。そんな私に、母が「一度、病院で詳しく検査してみない?」と提案してきました。最初は「自分を障害者だと思いたいのか」と反発しましたが、このままでは本当に受験も人生も終わってしまうという予感があり、渋々病院の予約を取りました。診察室で会ったお医者さんは、意外にも普通のおじいさんで、私の支離滅裂な話をじっと黙って聞いてくれました。数週間にわたる複雑なパズルやクイズのような検査を受け、伝えられたのは「ADHDと、少しのASD傾向」という診断でした。その言葉を聞いた瞬間、私の心の中で、これまでバラバラだったパズルのピースが一気に組み合わさったような感覚がありました。私がだらしなかったのも、会話で浮いてしまったのも、朝起きられなかったのも、全部「脳の仕組み」のせいだったのだ、と。それは、自分への免罪符を手に入れたような、目の前が真っ白になるほどの解放感でした。もちろん、診断がついたからといって、すぐに生活が完璧になるわけではありません。でも、お医者さんと相談して薬を飲み始め、学校で少しだけ配慮をしてもらうようになると、あんなに重かった日常が、少しずつ軽くなっていくのを感じました。私は自分のことを「壊れた人間」ではなく、「特殊な仕様の機械」だと思うようにしました。仕様が分かれば、使い方も工夫できる。今は、大学で大好きな歴史を学びながら、自分なりのペースで生きています。あの日、病院に行って自分のことを知ったことは、私の人生における最大の転換点でした。もし今、かつての私のように、何が理由かわからないまま自分を傷つけている高校生がいるなら、伝えたいです。あなたの苦しさには理由があるかもしれない。そして、それを一緒に解決してくれる大人が、病院という場所に必ずいるということを。
自分が発達障害だと知った高校生の葛藤と解放の告白