それは月曜日の夕方、会社での会議中に感じた不気味な震えから始まりました。帰宅して熱を測ると三十八度二分でしたが、深夜には体温計が「四十度」という未知の領域を指し示し、私は自分の指先が冷たく凍りつくような感覚に襲われました。これが地獄の一週間の幕開けでした。二日目、熱は一向に下がる気配を見せず、それどころか自分の意志では制御できないほどの激しい咳が込み上げてきました。一回咳をすれば、胸の骨がきしむような音がし、喉からは鉄の味が漂います。病院へ行き検査を受けた結果、インフルエンザでもコロナでもない「重度の気管支炎」との診断でしたが、処方された強い薬を持って帰宅した後も、私の身体は菌との激しい戦いを続けていました。三日目、熱のせいで意識は半分夢の中にいるようで、時計の針が進むのが異様に遅く感じられました。咳をするたびに嘔吐しそうになり、脱水が怖くて無理やり経口補給水を喉に流し込む作業を繰り返しました。この頃になると、寝返りを打つだけで息が止まりそうになり、健康であることがどれほど奇跡的なバランスの上に成り立っていたのかを痛感しました。四日目、咳で喉の粘膜が剥がれ落ちたのか、声が全く出なくなりました。家族とのコミュニケーションは筆談で、ただ「水をくれ」「暑い」「寒い」と書くのが精一杯でした。五日目の朝、ようやく熱が三十八度を切りましたが、今度は全身の皮膚がヒリヒリと痛み、衣服が触れるだけで飛び上がるような過敏状態に。これがいわゆる「熱の後の神経過敏」なのかと、自分の身体の疲弊具合に驚きました。六日目、一週間ぶりに固形物を口にしましたが、味覚が狂っており、大好きなスープが泥のように感じられました。しかし、咳の頻度がようやく一時間に数回程度まで落ち着き、私はようやく一人の人間としての尊厳を取り戻し始めた感覚を得ました。七日目、久しぶりに窓を開けて外の空気を吸ったとき、肺の奥がツンと痛み、まだ自分の内側には戦いの傷跡が深く残っていることを悟りました。この一週間で私の体重は四キロ減り、筋力も著しく衰えました。大人が四十度の熱と咳にさらされることは、身体の機能を一度リセットしてしまうほどの破壊力を持っています。今回の記録を読み返して思うのは、「もっと早く休むべきだった」という後悔です。最初の震えを無視して仕事を続けた数時間が、その後の数日間の苦しみを倍増させたのではないかと。今、健康な皆さんに伝えたい。身体が熱を出し、咳を始めたなら、それはあなたの全生命を懸けた戦場です。どうかその戦場に、自分を無防備に放り込まないでください。早めの降参と、プロへの委ね。それが、大人の最も勇敢な選択なのだと、私はこの一週間の暗闇の中で学びました。