それは、単なる喉の違和感から始まりました。最初は季節の変わり目の風邪だろうと軽く考えていましたが、二日目の夜に突然体温が三十九度を超え、そこから私の「熱が下がらない一週間」という地獄のような日々が幕を開けました。近所の内科で「マイコプラズマの疑い」と診断され、抗生物質をもらった時は、これで明日には楽になれると信じて疑いませんでした。しかし、翌日になっても翌々日になっても、私の体温計は無慈悲に三十九度五分を指し続けました。処方された薬を指示通りに飲み、水分を摂って横になっているのに、熱は一向に下がる気配を見せず、それどころか咳が日を追うごとに激しくなり、肋骨が折れるのではないかと思うほどの衝撃が全身を襲いました。夜中、熱で意識が朦朧とする中で「このまま熱が下がらなかったらどうなるのだろう」という死への恐怖が現実味を帯びて迫ってきました。仕事の連絡もできず、ただ暗い部屋で自分の激しい呼吸音だけを聴いている時間は、精神を極限まで削り取っていきました。五日目が過ぎた頃、私は再び病院へ向かいました。足元がふらつき、待合室の椅子に座っていることさえ苦痛でしたが、血液検査の結果、炎症反応がさらに悪化していることが判明しました。医師は「マクロライド系の薬が効いていないようです。系統を変えましょう」と言い、別の抗生物質を点滴で投与し、新しい飲み薬を処方してくれました。驚いたことに、その新しい薬を服用し始めてからわずか十二時間後、あんなに頑固だった熱が三十七度台までスッと落ちたのです。あの瞬間の解放感と、全身の強張りが解けていく感覚は、一生忘れられません。結局、完全に熱が平熱で安定するまでに合計で十日間かかり、その後も二週間近く倦怠感と咳が残りましたが、あの時「熱が下がらない」という現実に妥協せず、早めに再受診したことが自分を救ったのだと確信しています。大人のマイコプラズマ肺炎は、体力が低下している時に罹るとこれほどまでに重篤で、かつ精神的にも追い詰められるものなのかと思い知らされました。熱が下がらない日々は、まるで出口のないトンネルを彷徨っているような孤独な時間でしたが、医学の進歩と適切な判断があれば必ず光は見えてきます。自分の体を過信せず、薬の効果を冷静に見極めることの重要性を、私はこの苦い経験から学びました。今、同じように高熱にうなされながら不安な夜を過ごしている方に、私のこの記録が「もう一度病院へ行く勇気」として届くことを願っています。
一週間も熱が下がらない恐怖と向き合ったマイコプラズマ闘病記